イメージ 栃木県埋蔵文化財センター Tochigi Archaeological Reserch Center
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今わたしの学校では縄文時代について調べています。わたしは縄文土器について調べることにしました。
 縄文土器のことを調べてはいるのですが、どうしても分からないことがあります。それはなぜ、縄文土器の模様は縄や、竹でつけるのかということです。
 調べているのですがまだ分かりません。よろしければ教えていただけないでしょうか。分からなかったら無視して頂けばいいので、宜しく御願いします。

小学生12歳 春菜さん

これは、難しい質問だな〜。
 本を調べても、よく分らないというのは、春菜さんの知りたいことが研究の核心に近いということだからなのです。つまり、考古学の研究者も、まだ、よく分らないのです。
 でも、「分からなかったら無視して頂けばいい」というのは、挑戦状を叩き付けられたのと同じなので、当センターの縄文時代研究者の見解を御紹介いたしましょう。
 なぜ、縄文土器の模様は縄や、竹でつけるのか?
 縄や竹を使う理由は、身近にあって手に入りやすいものだったからというのが、一番の理由と考えられます。手軽に入手できて、使いやすく、便利であるというのは大切な条件です。特に、縄や竹は、粘土に押しつけたり転がしたりするのに、ちょうど良い道具であるからです。また、縄や竹以外にも、貝殻や木の棒や小枝・爪などで文様を描いていました。そして、粘土を貼り付けて文様(模様)とする場合もあります。
 では、なぜ、文様を付けたのでしょうか。
 今のところ、最初に土器に文様をつけた理由は分っていません。当時、すでにあった「かご」をまねたという説があります。でも、手元にあった縄を押したり転がしたら、面白い文様になったので流行したというだけの簡単な理由だという説もあり、本当のところは、誰も分りません。
 しかし、文様をつける意味は、少しずつ分かってきています。
 縄文土器の文様の中には、土器をぐるっと回してみると、物語を表現しているようなものがあります。こうした土器は、当時の宇宙・世界のこと、ムラとムラとの関係、人と人のつながりを表現していると考えられています。また、ヘビや鳥、狩りの様子、子供が生まれるときの姿など、具体的なものを土器に表現し、祈りや思いを込めたと考えられるものもあります。
 こうした土器の表現が、広い地域に見られることは、次のように考えられます。
 みなさんの服に流行があるように、縄文時代には、地方ごとに共通の土器の形・文様がつけられる流行がありました。そして、その地方の外には、別の流行があり、そうした人々の間にも交流がありました。だから、地方ごとの人々が、自分たちの文化を表現する方法として、また、同じ文化を共有する証明として、同じ文様を大切にしたと考えられるのです。きっと、土器以外のものにも、そうした文様は使われていたと考えられます。言いかえれば、自分たちの存在や仲間意識を示すマークのようなものです。今でも、野球やサッカーなどのチームでは、ユニホームやロゴマークを見ただけで、どこのチームか分りますよね。特にプロチームなら多くの人が区別できます。これと同じです。そして、そうした仲間意識が、親から子供へと受け継がれたことが、ある一定期間、土器に同じ文様がつけられたことだとも考えられるのです。けれど、何代にもわたって受け継がれる間には、手抜きがあったり、他の地方の文様とのブレンドがあったりして、いろいろと変化することもあります。火炎土器のように、私たちはこんな立派な土器を作れるんだぞーって、主張しているようなものもあります。
 考古学研究者は、これらの分析を行って、当時の人と人との交流や、地域ごとの文化の違いを研究しているのです。

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