イメージ 栃木県埋蔵文化財センター Tochigi Archaeological Reserch Center
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  発掘体験教室のお知らせ
〜日本考古学の原点、侍塚古墳で発掘体験をしてみませんか。〜

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■那須 上侍塚古墳・下侍塚古墳

那須地域の栃木県大田原市にある遺跡、上侍塚古墳・下侍塚古墳・那須国造碑の調査を紹介します。

侍塚古墳那須国造碑(外部リンク:とちぎの文化財)

■上侍塚古墳・下侍塚古墳 写真館へ移動する

■上侍塚古墳・下侍塚古墳の調査速報へ移動する

■上侍塚古墳・下侍塚古墳の調査速報は、こちらのページでお知らせします。


〔目次〕
(このページの記事)

上侍塚古墳・下侍塚古墳の過去の調査・写真

上侍塚古墳・下侍塚古墳の説明会資料・速報資料

いにしえのとちぎ発見どき土器わく湧くプロジェクト

上侍塚・下侍塚古墳と周辺の航空レーザ測量図

栗田寛『葬礼私考』の侍塚出土品絵図

元禄四年・五年の調査記録『湯津神村車塚御修理』

〔facebookとちぎの文化財〕
(外部リンク)

元禄五年一月四日付け 佐々介三郎の手紙

大金重貞と那須国造碑の出会い『笠石御建立起』

重貞が光圀にさしあげた『那須記』

元禄五年の上・下侍塚発掘調査と出土品

上侍塚古墳の周溝調査

上・下侍塚古墳の墳丘で地下レーダー探査

令和3(2021)年度の侍塚古墳の調査成果


■上侍塚古墳・下侍塚古墳の過去の調査・写真

上侍塚古墳と下侍塚古墳の半世紀以上前のカラー写真や、1975(昭和50)年の下侍塚古墳の調査写真を、「上侍塚古墳・下侍塚古墳 写真館」のページで紹介しています。

■上侍塚古墳・下侍塚古墳 写真館へ移動する

更新日 令和4(2022)年8月3日(水)
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■上侍塚古墳・下侍塚古墳の説明会資料・速報資料

上侍塚古墳と下侍塚古墳の調査を説明した配布資料等です。奈良文化財研究所が運営する「全国遺跡報告総覧」(外部リンク)に、pdf形式で掲載しています。

令和3(2021)年度の説明会資料・速報資料

『上侍塚古墳 発掘調査速報』令和4(2022)年3月16日
第2回説明資料です。上侍塚古墳の北・西・南側部分の調査と、地中レーダ探査・電磁探査を紹介しています。
上侍塚古墳 発掘調査速報(外部リンク)


『上侍塚古墳 現地説明会資料』令和3(2021)年12月11日
第1回説明資料です。上侍塚古墳の東側部分の調査と、江戸時代の調査に関わる文書などを紹介しています。
上侍塚古墳 現地説明会資料(外部リンク)
更新日 令和4(2022)年5月2日(月)
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■いにしえのとちぎ発見どき土器わく湧くプロジェクト

上侍塚・下侍塚古墳と周辺の調査

 栃木県は「栃木県文化財保存活用大綱」を策定、重点項目の一つとして、重要な遺跡の調査研究と活用を掲げました。
 これに基づいて、県内に8500か所を超える遺跡の中から、元禄5(1692)年に徳川光圀が発掘したことで知られる両古墳を選び、令和3(2021)年度から調査を開始しました。
侍塚位置図
西上空からの写真
那珂川の西側の段丘に、那須で最大の古墳である上侍塚と、二番目に大きい下侍塚が造られました。どちらも前方後方墳で、県内に多い形です。
(上の地図と写真は、選択すると拡大します)
上侍塚西上空

 上侍塚古墳

 元禄5(1692)年の発掘以後、調査を行っていない古墳です。今回がはじめての精密な測量となります。
← 西上空からみた上侍塚古墳
(2021年6月撮影)

 下侍塚古墳

 昭和50(1975)年に周囲の堀、斜面に置いた石(葺石=ふきいし)、壺形土器などが調査されました。しかし、盛土部分は調査されていません。
下侍塚北東
北東からみた下侍塚古墳(2021年5月)
下侍塚東クビレ部南
1975年の調査 東クビレ部 下侍塚西裾葺石
1975年の調査 後方部東裾の葺石

1975年調査写真提供:大田原市教育委員会

 両古墳の正確な大きさと形、造られた時期差、光圀による修復状況を調べるため、墳丘や周囲の堀を発掘することが必要です。地中レーダーで内部を探査した結果も加えて、今後の調査内容を検討します。
更新日 令和3(2021)年9月10日(金)
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■上侍塚・下侍塚古墳と周辺の航空レーザ測量図

遺跡    那須最大級の前方後方墳 2基
所在地   栃木県大田原市湯津上
時期    古墳時代 前期(約1,650年前)
計測日   令和3(2021)年6月18日
作成範囲  南北2km・東西1.2km
計測密度  1u あたり16点以上
実施    栃木県教育委員会
上侍塚古墳の航空レーザ測量図 下侍塚古墳の航空レーザ測量図 両古墳周辺の航空レーザ測量図
 航空機からレーザ光で地面の高さを測り、三次元測量を行いました。赤色立体図(左)では、高い所は明るく、低い所は暗く、急傾斜が赤く示されます。
 どちらの古墳も、後方部の墳頂部がやや窪んでいることが分かります。上侍塚古墳は、周囲にわずかに低い場所がみられ、墳丘にも不自然に窪んだ部分があることが分かりました。下侍塚古墳の周囲の堀がくぼんでいる様子と、北東(右上)の古墳8箇所がよくわかります。那珂川の段丘の崖からの距離は、古墳によってさまざまです。
更新日 令和3(2021)年8月19日(木)
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■栗田寛『葬礼私考』(1876)の侍塚出土品絵図

水戸藩士の栗田寛が慶応二年(1866)に作成して、明治九年(1876)に京都の北野神社から刊行された『葬礼私考 附録』に掲載された、上侍塚・下侍塚古墳の出土品絵図です。元禄五年(1692)に水戸から派遣された絵師が描いた出土品の彩色絵図、またはその写図が水戸藩に当時は保管されていて、それを元に掲載したものと見られます。
上侍塚古墳の鏡・鏃・釧 下侍塚古墳の鏡 下侍塚古墳の土師器高杯
下侍塚古墳の土師器壺
京都府立 京都学・歴彩館の提供と許可により画像を掲載しています。
『葬礼私考』と『葬礼私考 附録』は、国立国会図書館デジタルコレクションでデータが公開されています(モノクロ画像)。
『葬礼私考』 『葬礼私考 附録』(外部リンク)をごらんください。
更新日 令和3(2021)年6月21日(月)
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■元禄四年・五年(1691年・1692年)の調査記録『湯津神村車塚御修理』

侍塚古墳(車塚古墳)で行われた、日本で最初の遺跡発掘調査の記録です。徳川光圀(水戸黄門)の指示により、儒学者の佐々介三郎宗淳(助さん)と、小口村名主の大金重貞が、那須国造碑(7世紀末)・上侍塚古墳と下侍塚古墳(4世紀後半)を調査しました。画像を開くと、現代語の説明がついています。調査・記録方法の手本がない時代の努力が伝わってきます。
p1p2表紙・前書き p3p4那須国造碑の覆堂 p5p6那須国造碑の覆堂
下侍塚遺物
p7p8下侍塚古墳の発掘調査 p9p10上侍塚古墳の発掘調査 p11-p13下侍塚古墳の出土品
下侍塚遺物 上侍塚遺物
p14-p16下侍塚古墳の出土品 p17-p19上侍塚古墳の出土品 p20p21出土品を入れた箱に文章を書いて埋め戻す
原史料は 那珂川町 大金重晴家所蔵・栃木県立文書館寄託
この史料に関する詳しい研究や、釈文(書き起こした文字)については
斎藤忠・大和久震平著『那須国造碑・侍塚古墳の研究−出土品・関係文書−』吉川弘文館(1986年)をごらんください。<
更新日 令和3(2021)年7月2日(金)
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